9999年01月02日

目次

主要な記事へのリンクです。
年末にて現在多忙ですので更新は当分土日メインとなります。

始めに:東ローマの印象
東ローマ関連お奨め書籍
地中海世界の解体
ローマから東ローマへの転換点
ローマから東ローマへの転換点A
ローマ帝国の系譜
ローマ帝国の系譜その2
鉄人皇帝 バシレイオス2世その1
鉄人皇帝 バシレイオス2世その2
カール大帝のローマ帝国との関係
ヘラクレイオス朝の時代
激動の人生:ヘラクレイオス1世 その1
激動の人生:ヘラクレイオス1世 その2
激動の人生:ヘラクレイオス1世 その3
最後のローマ皇帝:大帝ユスティニアヌス その1
最後のローマ皇帝:大帝ユスティニアヌス その2
最後のローマ皇帝:大帝ユスティニアヌス その3
ギボンの東ローマ皇帝評価 その1
ギボンの東ローマ皇帝評価 その2

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posted by 佐吉 at 00:00| Comment(26) | 東ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

9999年01月01日

東ローマ関連お奨め書籍

東ローマ関連の書籍です。
東ローマについての理解を深める助けになります。

これだけ並べると壮観ですね。★印が付いている本が佐吉の
お奨めです。

入門編:いずれも通史です。

★生き残った帝国ビザンティン★が一番読みやすく分かりやすいと思います。斯界の権威井上浩一先生が書かれています。

黄金のビザンティン帝国は、絵・写真が多くビジュアルで
理解するのに良いです。生き残った・・・を読んだ後にこれを
読むとやや物足りない?そういう意味では一番最初に読むべき
かもしれません。



中級編:やや読み応えあり。より深い理解をしたい方向け。

★ビザンツとスラブ★は井上浩一先生著です。
通史でありながらかなり細かいところまで著述されています。
これを読めば東ローマ史の全体像はOK。

ビザンツ帝国とブルガリアは東ローマ帝国及び隣接するブルガリア帝国の社会制度の比較研究です。
ブルガリア地方がローマ世界帝国から分離していた数百年の間に両国にどのような変化が起きていたのか?

★ビザンツ 幻影の世界帝国★は、12世紀の東ローマ最後の繁栄時代の皇帝マヌエル1世の時代の物語です。



ヨーロッパ世界の誕生は佐吉一番のお気に入りの本です。
東ローマ帝国の中近東・西欧に対する支配権が時代の経過の中で
少しづつ変質・解体していく様がよく理解できます。

★ビザンツ皇妃列伝★は、東ローマ初期から末期の歴史をそれぞれの皇妃の人生を通して浮彫りにしていきます。ユスティニアヌスの皇后テオドラ以外にも色々な女性がいたんですね。

★ビザンツの政治的イデオロギー★・・・1,000年の歴史がありますからそりゃ政治的イデオロギーも変化しますよね。ローマ帝国の政治的イデオロギーがどのようにビザンツ的に変化していくか・・・そのような目で読むとまた面白いですよ。





上級編:歴史を極めたい方向け

すみません、これは私は読んでいません。老後の楽しみに
とっています。

posted by 佐吉 at 09:49| Comment(1) | 東ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月24日

始めに:東ローマの印象

歴史の中には語られることの少ない人物、物事が
存在しますね。

時間的、空間的様々な制約があるためなのでしょうが。

その語られることの少なさのために逆に人々の興味を
引くということがあります。
例えば豊臣秀吉の実弟豊臣秀長は、堺屋太一氏が、

・秀吉の弟であることから想定される歴史像の大きさ
・とりあげられること、語られることの少なさ

に興味を持って小説を書きました。


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私も東ローマ帝国に対して同じ感覚を抱くのです。

栄光のローマ帝国の中世における形でありながら、
語られることが非常に少ないと感じます。

ローマの概説書等でも
@「ローマ帝国の東西分裂」の次のページが
A「西ローマ帝国の滅亡」更にその次のページが
B「東ローマ帝国帝国の滅亡」

ってA、Bの間が約1,000年空いているんですけれど・・・。

その間に何が起こったかについて
思いを馳せていきましょう。

尚、このブログでは395年以降のローマ帝国は、
ローマ帝国との区別のために便宜上、東ローマ帝国と呼びます。
また、後世の呼び名であるビザンツ帝国、ビザンティン帝国は
極力使わない方針ですのでご了承下さい。
ラベル:東ローマ
posted by 佐吉 at 21:49| Comment(1) | 東ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

ギボンの東ローマ皇帝評価 その2

ギボンのローマ帝国衰亡史についてです。
基本的に、東ローマ帝国への点は辛いんです。


7世紀のヘラクレイオス帝の治世の叙述が終わったところで
「帝国の衰亡の五世紀間はすでに経過したが(中略)
 八百年を越える年月がまだ残っている。
退屈極まる衰弱と悲惨の(中略)物語の連続
「冗長な弱々しい糸」
「(東ローマ史を書く事が)実りの乏しい憂鬱な作業」
いやはや、えらい言われようです。


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ローマ帝国〜東ローマ帝国の歴史に立ち入ると、大帝国の
滅亡ドラマの叙述がいつのまにか、ギリシャの中小国家の
歴史に摩り替わってしまうところにギボンも
頭を悩ませたようです。

ヘラクレイオス帝までは、ローマ皇帝の皇統に沿っての
叙述でしたが、ヘラクレイオス帝以後は、
アラブ、ロシア、モンゴル等の周辺諸民族毎の
東ローマ帝国との関係の叙述に切り替わっています。


・・・話が少しそれてしまいましたが、
ヘラクレイオス帝以降でギボンが評価している
皇帝は、以下の文章からおおよそ読み取れます。

「われわれはビザンティウムの歴代の系譜の圧倒的大部分の
 者に人類への愛情をいかにしても認めることはできない。
 ヨハネス・コムネノスの徳目のみが純粋かつ柔和で
 あったが、この高貴な皇帝に前後する最も著名な皇帝たちも
 利己的な政策の入り組んだ血塗れの道程を多少とも
 功名かつ精力的に辿ったにすぎない。

 イサウリア朝のレオ三世、バシリウス1世、アレクシウス・
 コムネノス
の、またテオフィルス、バシリウス2世
 マヌエル・コムネノス
ら(中略)彼らへの尊敬と非難が
 ほとんど均衡するに反して
 残る有象無象の皇帝たちはひたすら
 後世から忘却される(以下略)


いかがでしょうか?
面白い事に、現在我々が東ローマの通史で
一度は接する事となる皇帝とほぼ重複しているのでは
ないでしょうか?

テオフィルスって誰だぁ?とも思いますが。
(9世紀の皇帝で偶像破壊運動を最後に行ったり、学芸の
 復興を行った毀誉褒貶のある人物です。)


縮約版の一つです↓↓



この記事のギボンの叙述は筑摩書房版に準拠しています。

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posted by 佐吉 at 13:59| Comment(16) | 東ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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