2008年11月26日

ローマから東ローマへの転換点A

ローマから東ローマへの転換点について引き続き考えてみます。

東ローマ帝国の特徴と、その特徴が現れてきた時期を以下に
記載します。

@ローマ人の国
 ⇒紀元前7世紀の建国当初より。

A当初は、東西に皇帝が分立し、東ローマ帝国はその東方部分。
 ⇒395年に基本の形が出来る。そのそもそものルーツは、
  3世紀後半のディオクレティアヌス帝の帝国4分統治がルーツ。

Bコンスタンティノープルを首都とする。
 ⇒330年に遷都。

Cギリシア語を主要な言語とする。
 ⇒7世紀のヘラクレイオス朝以降。

Dキリスト教を国境とする。
 ⇒392年に国教化。

F領土は主に、バルカン半島と小アジア
 ⇒8世紀に大枠が固まる。

こんなところでしょうか。
バラバラですね。4世紀〜8世紀頃まで緩やかに
変化が進んでいったということでしょう。

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posted by 佐吉 at 07:14| Comment(0) | 東ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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