2008年12月07日

ヘラクレイオス朝の時代

7世紀のヘラクレイオス王朝がいわゆるローマ帝国の古代から中世への
重要な転換点であった事は、間違いないでしょう。

途中ですが、ぽちっとクリックをば、お願い致します。
励みになりますので。
にほんブログ村 歴史ブログへ

まず領土ですが・・・・
ヘラクレイオス王朝成立時は、東ローマ帝国の領土は、地中海を
包み込んでいました。
その主な領土は、スペインからイタリア、バルカン半島、小アジア、シリア、エジプト、北アフリカでした。

ところが、ヘラクレイオス朝滅亡時には、バルカン半島、小アジア、イタリアの一部と著しく縮小しています。

言語も変わりました。
公用語はラテン語からギリシャ語に変わります。

要するにヘラクレイオス朝の100年間の間に東ローマ帝国は、
文化的にも領土的にもギリシャを中心とする国家に変貌したのです。

ギボンもローマ帝国衰亡史の中で述べています。
「ヘラクレイオスの時代以後、ビザンティウムの縮小し、
暗転する。」
と述べています。
確かにいわゆるローマ帝国らしくはなくなりましたね。


ヘラクレイオス朝については、下記の本が詳しいです。
ユスティニアヌスからヘラクレイオス朝全般について
述べられています。
西欧との関係が、ヘラクレイオス朝時代の中でもどんどん
変化していきます。
7世紀の西欧における東ローマ皇帝の位置づけが
わかって面白いですね。
表紙が無いのが・・・残念です。


東ローマ帝国その他歴史を語るブログのTopヘ
posted by 佐吉 at 16:14| Comment(0) | 東ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。