2008年12月27日

最後のローマ皇帝:大帝ユスティニアヌス その2

伯父の死により東ローマ皇帝となったユスティニアヌス。

彼の目の前にあった東ローマ帝国はどのような
国であったでしょうか。


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領  土:地中海の東半分
     (バルカン、小アジア、シリア、エジプト)

言  語:ラテン語
     (ユスティニアヌス自身、バルカンの生まれですが、
      ラテン語を話します。)

市民生活:無料で食料の配給+娯楽施設として
     サーカス、浴場あり。


これはまだまだローマ帝国の面影を色濃く残していますね。

ユスティニアヌス自身もローマ皇帝としての責務を
強く自覚していた人だったようです。





彼が即位すると急に東ローマ帝国の年表がにぎやかに
なってきます。
彼は生活も質素であり、政務にも非常に熱心で
「不眠不休の皇帝」と言われていました。

彼の業績の中でも大きなものの一つが
ローマ法大全の編纂です。

・即位の半年後には、法典編纂の委員会を設け、約1年で
 歴代皇帝の法令をまとめた勅令集
 完成させました。

・その後法律の注釈書「学説彙簒」
 彼の出した法令「新勅令集」
 法律の教科書「法学提要」が編纂されました。

これらを総称してローマ法大全といいます。
これらは後世に受け継がれていきます。     


現代ヨーロッパ諸国の法律の基本となっているローマ法。
その源となっているのが、実はこのローマ法大全なのです!!!


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posted by 佐吉 at 08:14| Comment(0) | 東ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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